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マイクロファイバークロスの医療分野での有用性

大石 貴幸 先生
済生会横浜市東部病院 TQMセンター 感染管理対策室
略歴
1994年3月 神奈川県立衛生技術短期大学(現:神奈川県立保健福祉大学) 衛生技術科 卒業
2013年3月 東京医療保健大学大学院 感染制御学 修士課程 卒業 (保健学修士)
2017年3月 東邦大学大学院 医学研究科 微生物・感染症学講座 博士課程 医学専攻 卒業(医学博士)
2017年4月 社会福祉法人 恩賜財団 済生会支部 済生会横浜市東部病院 TQMセンター 感染管理対策室 副室長

所属学会
日本臨床微生物学会(評議員)、日本環境観戦学会(評議員)、日本医療機器学会(代議員)

マイクロファイバークロスとは?

マイクロファイバーは、油や埃を吸収するポリエステル、水を吸収するナイロンを原料とした8μm 以下の合成繊維で、1990 年代から流通が始まりました(※1)。8μm といえば、髪の毛の100分の1の太さという極細の繊維であり、表面積は従来のモップに使用されている綿繊維の40 倍ほどで、6 倍もの水分を吸収することができます( ※2)。 マイクロファイバークロスは、この化学繊維で織られた布のことをいいます。マイクロファイバークロスの強みは、吸水性と速乾性に優れているところであり、軽く絞って干しておけば数時
間で乾き、カラカラになります。また、原料のポリエステルやナイロンは、静電気によってプラスに荷電するのに対し、微生物や患者などから剥がれた細胞を含んだ埃はマイナスに荷電するため、埃をよく吸着するのも特徴のひとつです。少量の水に濡らすと毛細管現象と静電気の効果の組み合せによって清拭効果が上がり、多くの汚れを取り除くことができます(※3)。 医療分野での活用としては、英国を中心に病院環境を清拭するクロス( 以下、環境清拭クロス)として用いられ(※4)、MRSA や大腸菌、Clostridioides difficile の芽胞を減少させるための有効な方法との報告があります(※3、5)。このような状況から、近年、日本の医療分野でもマイクロファイバーを採用した環境清拭クロスが活用されつつあり、注目を集めています。

日本の医療分野における環境清拭クロス製剤

日本の医療分野には、様々なメーカーから環境清拭クロスが提供されています。以前は環境に対する消毒は無用とされていましたが、環境を介した感染やアウトブレクが報告されるようになり(※6、7)、医療従事者や患者が頻繁に接触する高頻度接触面を中心とした病院環境を清拭や消毒する施設が次第に増えてきました。このような需要から、多くの環境清拭クロスが上市され、現在では感染対策に欠かせないアイテムとなりつつあります。 日本で使用されている環境清拭クロスのほとんどには、第4 級アンモニア塩やアルコール、次亜塩素酸ナトリウムなどの薬液が含浸されています。しかしながら、薬液そのものに抗微生物効果があっても、クロスに含浸すると、本来期待される効果が発揮されるとは限りません。現に、第4 級アンモニウム塩やグルコン酸クロルヘキシジンなどの陽イオン系の消毒薬は、脱脂綿などに有効成分が吸着することによる濃度低下が報告されています(8、9※)。 また、環境清拭クロスは対物製品であり、人への使用がないことから、薬機法で消毒剤( 医薬品)として認可されておらず、全てが雑品扱いになっています。薬機法は医薬品および医薬部外品でない限り、その効能効果を謳うことを禁じているため、環境清拭クロスの微生物に対する効果等を効能効果としてカタログ等に記載することは法律違反になってしまいます。つまり、どの環境清拭クロスがどんな微生物に奏功するかは、含浸されている薬液から類推するしかありません。 もちろん、各メーカーは、自社の環境清拭クロスの各微生物に対する効果を把握していますが、その情報を広くユーザーに提供することもはばかれるため、ユーザーとしてはなかなか情報を得ることができないジレンマがあります( 個別に効果等を提供してくれるメーカーもあります)。また、情報提供に制限があることを逆手にとり、第4 級アンモニウム塩がノロウイルスに効くとか、界面活性剤と第4 級アンモニウム塩の相乗効果で芽胞を死滅できるといった、消毒の概念を脅かす営業をするメーカーも散見されました。

環境清拭クロスの効果試験

クロスに薬液を含浸することによる効果減弱を適正に評価するためには、一定のプロトコルに従った実験的な手法の確立が求められます。このような現状を受けて、日本清浄紙綿類工業会では、「ウエットワイパー類の除菌性能試験方法」を公表しています(※10)。この方法を活用することによって、実使用に即した清拭による除菌( 消毒剤ではないので除菌剤扱いとなります) 効果の確認が可能となりました。しかし、この方法では、殺滅が不十分な微生物が、クロスに付着することによる汚染拡大の有無を評価することはできませんでした。 一方、欧州標準化委員会* が定める欧州規格EN16615:2015 は、細菌を対象とした環境清拭クロス評価方法で、細菌に汚染された表面の清拭効果だけでなく、汚染拡大の有無も確認可能な評価系です。現状ではこの方法を用いて、清拭効果を判定するのがもっとも妥当と推察されます。
その評価方法の概要は下記になります。

  1. 試験担体( 汚染物を塗布するシート) の区画T1 上に、対象とする細菌の培養液と、妨害物質(0.03%BSAまたは0.3%BSA+0.3% ヒツジ赤血球) の混合液50μL を均一に塗布する( 図1)。

    図1 EN16615:2015による試験担体

  2. 重( おも) りにクロスを巻きつけ、区画T1 からT4 までを一往復清拭する。
  3. 一定時間静置後、各区画を滅菌綿棒でふきとり、消毒薬不活化剤中に回収する。
  4. 回収液中の細菌を培養し、塗布部分の清拭効果および細菌の有無を評価する。

多くの国内のメーカーでは、このEN16615:2015 を用いた清拭試験を検討していませんが、欧州や米国のメーカーから販売されている環境清拭クロスはこの方法により評価されたものが見受けられます。
* 欧州標準化委員会( 仏: Comité Européen de Normalisation; CEN) とは、一貫した標準規格と仕様の開発・ 保守・配布を行うための効率的基盤を提供することによって、国際社会におけるヨーロッパ経済の力を強め、 ヨーロッパの市民の福祉や環境を高めることを目的とした私的な非営利組織です。

マイクロファイバークロスの有効性

環境清拭クロスの有効性は、薬液による微生物死滅効果と、清拭による微生物回収効果の両方を適正に評価しないと、返って微生物を環境表面に拡大するリスクがあります。つまり、ベストな環境清拭クロスは、クロスへの薬液吸着により効果が失活せず、なおかつクロスによる回収効果が高い製品ということになるでしょう。
C. difficile は抗菌薬投与による菌交代現象で下痢を発症させる細菌で、しばしば医療関連感染の原因となります。C. difficile は酸素があると死滅してしまう嫌気性菌ですが、酸素のある状況や栄養不足に陥ると、芽胞と呼ばれる非常に頑丈な殻を形成し、長期間に渡って生存する特徴があります。この芽胞は、第4 級アンモニウム塩やアルコールといった環境清拭クロスに含浸されることの多い薬液に耐性を示します。芽胞に有効性の高い消毒薬には、高水準消毒薬の過酢酸や高濃度の次亜塩素酸ナトリウムがあります。前者は毒性が高く、環境消毒は禁忌であり、後者は有機物に接触するとすぐに不活化することや、臭気、器材劣化性が問題となり、日常的な環境清拭には用いられていません。
このように芽胞への感染対策としての消毒にはジレンマが伴います。消毒薬に頼らずに効果的に芽胞が除去されればいいのですが、カナダから以下のような報告があります。この研究では、薬液をクロスに含浸しない状態で、マイクロファイバークロスとコットンクロスのC. difficile 由来の芽胞除去効果を比較しています(※11)。結果として、マイクロファイバークロスはコットンクロスに比べて、セラミック表面に塗布したC. difficile の芽胞を約5 倍捕集し、タイル表面への芽胞伝播量は1 回の清拭で約1/5 に抑制され、連続的な拭き取りでは1/10 に抑えられました( 図2-4)。このように、マイクロファイバークロスは物理的除去の有効性が示唆されているのです。

マイクロファイバークロスへの薬液含浸

マイクロファイバークロスは水を含浸すると清拭効果が向上するといわれています(※3)。前述の研究でも、芽胞が付着したセラミック表面やタイル表面に、あらかじめ緩衝液または殺芽胞性のない洗浄剤を噴霧して実験しており、高い清拭効果が実現しています。この観点から、実際の医療分野においてマイクロファイバークロスを使用する場合は、薬液などの水溶液に含浸されたものが理想的といえます。
含浸する薬液としては、器材劣化性の低い第4 級アンモニウム塩が勧められます。次亜塩素酸ナトリウムは金属劣化性があり、電極に使用される銅や真鍮に用いた場合、サビの原因になるため、医療工学系の機器には不向きです。また、アルコールは、プラスチック劣化性があるため、便座やパソコンの清拭に長年用いると黄ばみや劣化の原因になるといわれています。第4 級アンモニウム塩は、0.1%液が眼に入った場合は刺激性を示したとの報告がありますが、毒性は低く成人が少量を誤飲しても特に害はありません(※12)。消臭スプレーに用いられている主成分も第4 級アンモニウム塩であり、一般社会でも使用されている比較的安全な消毒薬といえます。
第4 級アンモニウム塩の抗微生物スペクトルは、一般細菌や酵母様真菌に効果的で、芽胞、糸状菌、結核、ノンエンベロープウイルスには無効、エンベロープウィルスには効果が期待できない場合もあります。しかし、日常的な病院環境の清拭では、一般細菌をターゲットとするのが妥当であり、しかも安価で安全性が高い第4 級アンモニウム塩の有用性は高いと評価できます。

参考文献

※1. Nilsen SK, Dahl I, Jørgensen O, Schneider T. Micro-fibre and ultra-micro-fibre cloths, their physical characteristics, cleaning effect, abrasion on surfaces, friction, and wear resistance. In. Vol 37: Building and Environment; 2002:1373-1378.
※2. Rutala WA, Gergen MF, Weber DJ. Microbiologic evaluation of microfiber mops for surface disinfection. Am J Infect Control. 2007;35(9):569-573.
※3. Hamilton D, Foster A, Ballantyne L, et al. Performance of ultramicrofibre cleaning technology with or without addition of a novel copper-based biocide. J Hosp Infect. 2010;74(1):62-71.
※4. Wren MW, Rollins MS, Jeanes A, Hall TJ, Coën PG, Gant VA. Removing bacteria from hospital surfaces: a laboratory comparison of ultramicrofibre and standard cloths. J Hosp Infect. 2008;70(3):265-271.
※5. Smith DL, Gillanders S, Holah JT, Gush C. Assessing the efficacy of different microfibre cloths at removing surface micro-organisms associated with healthcare-associated infections. J Hosp Infect. 2011;78(3):182-186.
※6. Neely AN, Maley MP, Warden GD. Computer keyboards as reservoirs for Acinetobacter baumannii in a burn hospital. Clin Infect Dis. 1999;29(5):1358-1360.
※7. Hota S, Hirji Z, Stockton K, et al. Outbreak of multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa colonization and infection secondary to imperfect intensive care unit room design. Infect Control Hosp Epidemiol. 2009;30(1):25-33.
※8. 影向範昭. 塩化ベンザルコニウムの綿製品への吸着. 歯科薬物療法. 1986;5(2):105-108.
※9. 鈴木一市, 森田久代, 山添喜久雄. クロルヘキシジングルコネートの医療用綿製品への吸着. 病院薬学. 1983;9(4):339-342.
※10. 日本清浄紙綿類工業会. ウエットワイパー類の除菌性能試験方法. Published 2015.Accessed.
※11. Trajtman AN, Manickam K, Alfa MJ. Microfiber cloths reduce the transfer of Clostridium difficile spores to environmental surfaces compared with cotton cloths. Am J Infect Control. 2015;43(7):686-689.
※12. 文献調査チーム 吉. 消毒薬テキスト第5 版. http://www.yoshida-pharm.com/category/countermeasure/texts/. Published 2018. Accessed.


資料提供:株式会社グッドスマイルインターナショナル
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